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東京地方裁判所 昭和31年(モ)1078号 判決 1956年4月10日

申立人 美美建設株式会社

被申立人 末木栄勝

主文

当裁判所が被申立人を債権者、太田芳二を債務者とする昭和二十二年(ヨ)第六一一号不動産仮処分申請事件について、同年七月四日した仮処分決定は、取り消す。

申立費用は、被申立人の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立人の主張

(申立)

申立人訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

一  被申立人は、申立人会社(もと商号を美美産業株式会社と称し、昭和二十二年十一月十五日これを株式会社美美と変更し、更に昭和二十五年八月三十日現商号に変更)及び太田芳二を債務者として、東京地方裁判所に対し、別紙<省略>目録記載の建物二棟(以下本件建物という。)について仮処分を申請し(同庁昭和二十二年(ヨ)第六一一号不動産仮処分申請事件)、同年七月四日「債務者太田芳二の本件建物二階十三坪五合に対する占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は、その現状を変更しないことを条件として債務者太田に使用を許さなければならない。この場合においては、執行吏は、その保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者太田はこの占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。債務者申立人は、その所有にかかる本件建物に対し、譲渡質権抵当権又は賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」旨の仮処分決定を得同月十日その執行を了した。

二  しかして、被申立人の右仮処分申請の理由とするところは、

「本件建物は、被申立人の所有に属するものであるが、申立人はこれを自己の所有であるとして占有し、右太田は、本件建物(一)のうち二階十三坪五合(以下本件店舖という。)を何らの権限なくして占有しているので、東京地方裁判所に所有権移転登記手続、家屋明渡並びに損害賠償請求等の訴を提起すべく準備中であるが、申立人において、本件建物が登記簿上自己の所有名義であることを利用して、これを他に譲渡その他の処分をするおそれがあり、又太田において、その占有を移転し又占有名義を変更する等現状を変更するおそれがあるから、それぞれ本件建物の処分及び本件店舖の現状の変更を禁止しておかなければ、被申立人が右事件について勝訴判決を得ても、これが執行をすることができず、又不測の損害を蒙るおそれがある。」

というにある。

三  右太田は、同人と申立人との間に昭和二十二年三月十五日締結された飲食店共同経営契約に基き、本件店舖を使用して申立人と共同で喫茶店を経営するため、これを占有していたものであるが(右契約は昭和二十三年一月二十日更新)、本件仮処分執行中の昭和二十四年九月十二日、執行吏は、本件店舖を点検した結果、太田において現状を変更したものとして、その使用を禁止し、これを直接保管した。

しかるところ、昭和二十五年五月二十九日、申立人と太田との間の東京簡易裁判所昭和二十五年(ニ)第三〇三号家屋明渡調停事件において、当事者間に、右共同経営契約を合意解除のうえ、太田は同日申立人に対し本件店舖を明け渡す旨の調停が成立し、同日申立人は太田から、現実に本件店舖の引渡を受けてこれを占有し、ここに申立人は前記占有移転禁止の仮処分債務者である太田の地位を承継取得するに至つた。

四  しかるに、(イ)本件仮処分の本案訴訟である東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第三、一四八号所有権移転登記、家屋明渡並びに損害賠償等請求事件と、これと表裏の関係にある申立人を原告とし、被申立人を被告とする同庁同年(ワ)第九三〇号借地権及び所有権確認請求事件の併合事件における昭和二十八年九月十八日の口頭弁論期日において、被申立人は太田に対する訴を取り下げ同人はこれに同意した。(ロ)更に又、右併合事件について、同裁判所は、昭和二十九年十月六日、本件建物が申立人の所有に属することを確認し被申立人の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。

しかして本件仮処分決定中申立人に対する処分禁止の部分は、申立人と被申立人との間の仮処分異議控訴事件(東京高等裁判所昭和二十七年(ネ)第二七〇号事件)において、申立人から右本案判決がされたことによる事情変更を取消事由(抗弁)として主張し、同裁判所は、申立人の右申立を認容して、本件仮処分中申立人に関する部分を取り消す旨の判決をした。

五  以上の次第で、本件仮処分決定は、債務者太田に関する部分についても、七年に亘る慎重な審理の末された前記本案判決によつて本件建物の所有権が申立人にあることが明白されたこと及び太田に対する本訴は取下により終了したことにより、その仮処分の理由とされた事情は変更し、右仮処分はこれを維持する理由を欠くに至つたものというべきであり、その存続は許されるべきではない。よつて、債務者太田の承継人である申立人は、右事情の変更を理由として債務者太田に対する本件仮処分の取消を求める。

第二被申立人の主張

(申立)

被申立人訴訟代理人は、本件申立は却下するとの判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

一  申立人主張の一、二、四の事実及び三の事実中申立人主張のとおり本件店舖について、執行吏が、太田の使用を禁止し、直接これを保管したことは認めるが、申立人において、その主張のような経緯で、太田の地位を承継したことは争う。

二  申立人が取消を求める仮処分決定は、被申立人を債権者とし、太田を債務者とする占有移転禁止の部分であるところ、事情変更を理由とする取消申立は、当該債務者である太田に限り、これをすることができるのであるから債務者ではない申立人において取消を求め得ないことは論をまたない。

三  申立人主張のような第一審判決があつたからといつて、直ちに本件建物の所有権が申立人にあると断定し、本件仮処分の存在意義が失われたとすることはできない。蓋し被申立人は右判決に対し直ちに控訴し、現に東京高等裁判所昭和二十九年(ネ)第二、一六三号事件として係属中であり、右控訴審において右第一審判決が取り消され、本件建物が被申立人の所有であるとして被申立人の請求が認容される可能性が存するからである。又、仮処分本来の使命から考察しても、本案訴訟の確定まで、右仮処分を存続維持すべきは当然である。さらには、本件仮処分の取消は、被申立人のぎせいにおいて、債務者である申立人の利益保護に偏向したとのそしりを免れないであろう。

叙上のとおり、申立人主張事実のみをもつてしては、いまだ本件仮処分を取り消すに足る事情の変更があつたとは到底いうことができない。

第三疏明関係<省略>

理由

一  被申立人が、申立人(もと商号を美美産業株式会社と称し、昭和二十二年十一月十五日これを株式会社美美と変更し、更に昭和二十五年八月三十日現商号に変更した。)及び太田芳二を債務者として、東京地方裁判所に対し、本件建物について申立人主張のような理由により仮処分の申請をし、昭和二十二年七月四日、同裁判所は、太田に対し本件店舖について占有移転禁止、申立人に対し本件建物について処分禁止の各処分決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、申立人が、本件仮処分決定中債務者を太田とする部分の取消を申し立てることができるかについて検討する。

申立人が右部分の債務者ないしはその一般承継人のいずれでもないことは、その主張自体から明白であるが、申立人会社代表者棚橋清一郎本人尋問の結果により、いずれも真正に成立したものと認め得る甲第五号証の一、二、成立に争いのない同号証の三及び当裁判所が真正に成立したものと認める同第七号証並びに右棚橋清一郎本人尋問の結果を綜合すると、右太田は、昭和二十二年三月十五日、申立人との間に成立した飲食店共同契約に基き、本件店舖において喫茶店を経営するため、これを占有するに至つたが(右契約は、昭和二十三年一月二十日更新された。)、昭和二十五年五月二十九日、申立人主張のような調停事件において、申立人と太田との間の右契約は合意解除され、同日、太田は、申立人に対し、本件店舖を明け渡す旨の調停が成立し、これに基き同日申立人は太田から、現実に、本件店舖の引渡を受けてこれを占有するに至つた事実を、一応、肯認することができ、他にこれを覆すに足る疏明はない。しかして、右事実に徴すれば、申立人は、太田に対する仮処分命令発令後において、その目的物である本件店舖について、太田からその占有権を承継取得したものと認めることができる。もつとも、被申立人から太田に対し、本件店舖につき占有移転禁止、現状不変更を条件として太田に使用を許す旨の仮処分決定の執行がなされたところ、昭和二十四年九月十二日、執行吏の点検により、太田において現状を変更したものとして、その使用が禁止され、執行吏の保管となつたことは、当事者間に争いがないところであるけれども、およそ仮処分の執行による執行吏の占有は公法上の占有であり、仮処分債務者の有する私法上の占有はこれにより左右されるものではないといわねばならないから、仮処分執行後といえども、第三者において、その目的物について占有権(物権)を取得することは、いささかも妨げないところである。

よつて進んで、仮処分債務者の特定承継人の独立して事情変更による取消申立権を行使し得るや否やについて按ずるに、第三者は仮処分目的物について物権を取得し得ることは前段説示のとおりであるが、ただ、この第三者は、仮処分の対抗を受けて物権取得の効力を制限されることは、また当然である。換言すれば、第三者は、仮処分手続により規整された状態における物権を取得するのであるから、当該物権を取得すると同時に、仮処分手続における訴訟状態の反映として、当然に仮処分債務者としての地位をも併せて承継するものと見なければならない。しからば、このような特定承継人は、仮処分手続における第三者として、単に債権者代位権の行使による取消申立をなし得るに留まるものと解すべきではなく、むしろ、本来の仮処分債務者の承継人として、直接に右取消申立の権能を有するものと解するを相当とする。

従つて、太田から本件店舖の引渡を受けて、その占有権を承継した申立人が、その名において、直接に、太田を債務者とする本件仮処分決定に対してした本件取消申立は、申立そのものとしては、正当であるということができる。

三  次に、申立人は、同人と被申立人との間の本案訴訟において被申立人敗訴の判決があり、かつ、太田と被申立人との間の本案の訴は、被申立人の取下げにより終了したことを目して、太田に対する仮処分決定を取り消すべき事情変更がある旨主張するので、この点について判断するに、本件仮処分の本案訴訟である東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第三一四八号所有権移転登記、家屋明渡並びに損害賠償等請求事件(但し、太田に対する訴は昭和二十八年九月十八日の口頭弁論期日において取下)及びこれと表裏の関係にある申立人を原告とし、被申立人を被告とする同庁昭和二十二年(ワ)第九三〇号借地権及び所有権確認請求事件の併合事件について、同裁判所は、昭和二十九年十月六日、本件建物が申立人の所有に属することを確認するとともに、被申立人の請求を棄却する旨の判決を言い渡したことは、当事者間に争いがない。しかして、被申立人はその主張のように、右判決に対し、控訴し、現に控訴審である東京高等裁判所に、同裁判所昭和二十九年(ネ)第二一六三号借地権確認等控訴事件として、係属中であることは、申立人において、明らかにこれを争わないから、自白したものとみなすべきであるけれども、他面、成立に争いのない甲第二号証の一によれば、右判決は慎重に審理を尽した末を、明確な判断によつて、本件建物が申立人の所有であることを確認するとともに、これが被申立人の所有であることを前提とする被申立人の請求を棄却したものであることを窺知することができる。従つて、右判決は、控訴審においても、他に特段の事情のない限り、たやすく取り消されるようなおそれはないものと、一応認められ、乙第一号証の一から四その他被申立人の提出援用するすべての疏明をもつてしても、これを覆すことはできない。

前記判決は、いうまでもなく、申立人と被申立人との間の本案訴訟についてなされたものではあるが、被申立人の太田に対する本件仮処分における被保全権利は、冒頭掲記のとおり、申立人に対する仮処分におけると同じく、本件建物が被申立人の所有であることを前提とし、その物上請求権に基く太田に対する明渡請求権にほかならないのであるから、前段説示のような理由に基き被申立人の敗訴を言い渡した右判決は、太田に対する関係においても、その仮処分決定に当つて疏明ありとされた事実と相容れない事実(本件建物の所有権は被申立人にあるとはいえない事実)の存在を推測させることになつたものというべく、このことは、被申立人の太田に対する本案訴訟が被申立人の取下によつて終了した事実と相まち、さきに許された太田に対する仮処分決定について、これを取り消すべき事情の変更があるものとするに足る事由ということができる。

四  叙上説示のとおりであるから、申立人の本件申立は正当として認容し、本件仮処分決定は取り消すこととし、申立費用の負担について民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 可知鴻平 荒井徳次郎)

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